事務所報 発行日 :令和7年8月
発行NO:No55
発行:バリュープラスグループ
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【2】近年の商標の判例について(その17)

 平素より格別のご厚情にあずかり、心より御礼申し上げます。
 小職は、審決取消訴訟を中心とした商標の判例要旨を「近年の商標の判例について」と題してシリーズでご紹介させて頂いております。
 今回は、令和4年1月~令和4年5月の判例の中から下記5件を選びました。商標の実務をされている方の一助になることがありましたら幸いです。

1. R4.1.25 知財高裁 令和3(行ケ)10113 商標審決取消請求事件

 「睡眠コンサルタント」の文字を横書きしてなり、第41類「技芸・スポーツ又は知識の教授,セミナーの企画・運営又は開催」等を指定役務とする本願商標について、当該役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標(商標法第3条第1項第3号)に該当するとして、拒絶査定不服審判の請求を棄却した審決が維持された事例。
 「睡眠コンサルタント」と称する資格を与える団体が実在していること、当該団体が睡眠に関する専門的な知識の教授等を行っている例が複数あること、これらの団体により認定資格を得た者が「睡眠コンサルタント」と名乗り、睡眠に関する知識の教授やセミナーの開催を行っている例が複数認められることなどが事実認定され、これらの事実からすると、本願商標は、その指定役務との関係では、例えば「睡眠に関する専門的な知識を有する者による、睡眠に関する役務」といった役務の質を表示したものと一般に認識されると判断された。

2. R4.2.9 知財高裁 令和3(行ケ)10076 商標審決取消請求事件

 「知本主義」の文字よりなり、第16類「書籍」を指定商品とする本件商標について、審判請求の予告登録前3年以内に使用の事実が認められないとして、不使用取消審判の請求を認容した審決が維持された事例。
 原告が提出した書証によると、原告の各書籍(表紙,裏表紙,書籍に付された帯等も含む。)には、「知本主義の時代を生きろ」、「資本主義に代わる知本主義」、『「資本主義」から「知本主義」へ』など、「知本主義」の文字を用いた表現が一定程度記載されているものと認められるが、 商標法50条にいう「使用」とは、商品の出所を表示し、自他商品識別のための機能を果たすものでなければならないところ、原告の各書籍に記載された「知本主義」の文字を含む表示は、書籍の副題の一部、宣伝文句、著者の主張等であると認識するにとどまり、これらの表示が、取引者及び需要者に対し、当該書籍に係る自他商品識別機能を果たすとは考え難いと判断された。

3. R4.3.23 知財高裁 令和3(行ケ)10112 商標審決取消請求事件

 「SIGMASTAR」の欧文字と「シグマスター」の片仮名を上下二段に書してなる本件商標について、「電子応用機械器具及びその部品」についての使用の事実は認められないとして、不使用取消審判の請求を認容した審決が維持された事例。
 取消請求の対象とされた「電子応用機械器具及びその部品」は、省令別表第9類15に定める指定商品であって、「電子計算機」、「ダイオード」、「集積回路」等の商品を含み、一方、同類3に定める「配電用又は制御用の機械器具」に該当するものとして掲げられた「開閉器」及び「点滅器」(電気回路を開閉する装置、スイッチ)は含まないと解するのが相当であるところ、原告が本件商標を使用していると主張する本件各商品は、いずれも照明器具の点滅を制御したり、その色を調節したりするICスイッチであると認められるから、本件各商品は、省令別表第9類3に定める「制御用の機械器具」としての「開閉器」ないし「点滅器」には該当するが、同類15に定める「電子応用機械器具及びその部品」には該当しないと判断された。

4. R4.4.25 知財高裁 令和3(行ケ)10148 商標審決取消請求事件

 「nico」の欧文字(但し、「o」の文字の内側は、目と口と思われる図形を配し、該文字の上側にはサボテンの図形を配した態様にデザイン化されている。)を大きく手書き風の太字で横書きし、その上段部分に「natural baby soap」の欧文字を小さく円弧状に湾曲する形で配置された構成からなる本願商標は、「NICO」の欧文字と「ニコ」の片仮名とを上下二段に表してなる引用商標とは類似するとして、拒絶査定不服審判の請求を棄却した審決が維持された事例。
 本願商標の要部は、下段の図案化された「nico」の欧文字部分であるが、店舗名や商品名に含まれる欧文字の「o」の内側を、顔を表すように図案化したり、イラストを配して図案化したりすることは慣用されていると認められるから、本願商標の下段部分に接した取引者・需要者は、一般的に慣用されているものと同様の図案化された「o」と認識するのであって、下段部分のうちイラスト部分にことさら着目して、それにより特異な観念が生じ、出所識別標識として強い支配的な印象を受けるものとは認め難いと判断された。

5. R4.5.19 知財高裁 令和3(行ケ)10100 商標審決取消請求事件

 第41類「情報技術の使用に関する教育訓練研修」等を指定役務とし、「Scrum Master」の文字よりなる本件商標は、当該役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標(商標法第3条第1項第3号)に該当するとして、無効審判の請求を棄却した審決が取り消された事例。
 本件訴訟で認定された事実によれば、本件商標の登録査定時において、「Scrum」の語は、コンピュータ、IT関連の分野において、アジャイルソフトウェア開発の手法の一つを表すものとして認識され、また、「Scrum Master」の語は、同分野において、アジャイルソフトウェア開発の手法の一つである「Scrum」における役割の一つを表すものとして認識されていたものと認められる。また、「Master」の語は、一般に、「あるじ。長。支配者」や「修得すること。熟達すること」等の意味を有することからすると、「Scrum Master」の語からは、アジャイルソフトウェア開発の手法の一つである「Scrum」を修得した者、「Scrum」に熟達した者などの観念をも生ずるものと認められる。そうすると、本件商標が「教育訓練、研修会及びセミナーの開催」等の指定役務に使用された場合、取引者及び需要者は、当該教育訓練等がアジャイルソフトウェア開発の手法の一つである「Scrum」を修得することや、「Scrum」における特定の役割に関する教育訓練等であることを表示したものと理解するといえるから、本件商標は、かかる役務の質(内容)を表示したものと一般に認識されると判断された。

以 上

(令和7年8月作成: 弁理士 山本 進)


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