事務所報 | 発行日 :令和7年8月 発行NO:No55 発行:バリュープラスグループ |
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【1】スタートアップでのネーミング相談~ネーミングの法的リスクを意識していますか?~
文責:弁護士・弁理士 溝上 哲也
1.はじめに
スタートアップに際し、どのようなネーミングを採択するかは、ビジネスの成功を左右する重要な要素となります。顧客層に届きやすく、商品・サービスの内容を端的に伝えるためには、覚えやすく、発音しやすく、印象的なネーミングを採択することが重要とされています。 また、ネーミングの対象が会社名か、店名か、サイト名か、商品又はサービスの名称かによっても、どのようなネーミングを採択するかの考慮要素が異なります。そして、売上を上げるためにどうするか、売上を独占するためにどうするか、売上を継続できるためにはどうするかと言った視点も検討すべきです。 本稿では、このようなスタートアップでのネーミングについて、法的リスクを回避するためには、どうしたら良いかということを失敗例をご紹介することで解説します。
2.会社・店舗・商品のネーミングでの失敗例
会社・店舗・商品のネーミングに関する裁判例は多数有りますが、ネーミングについての法的リスクを検討するという趣旨で、それぞれの場合で、権利者から裁判を起こされて敗訴した場合を以下に紹介します。
(1) 会社の商号の場合
1392年創業の京都の老舗昆布屋「松前屋」が昭和25年に法人化した大阪心斎橋の昆布屋「株式会社松前屋」を訴えた事件。
裁判の結果、大阪地方裁判所は、大阪の「株式会社松前屋」に対し、
(1)商号使用の中止
(2)看板・表札・包裝紙などからの「松阪屋」の表示の抹消
(3)商号登記の抹消
(4)朝日新聞全国版に3回の謝罪広告掲載
を命じました(昭和29年3月23日判決/下級裁判所民事裁判例集5巻3号396頁)。
なお、現在は、大阪の「松前屋」も有名店として営業を継続されていますので、判決後の経過としては、何らかの示談解決がなされ、事なきを得たものと思われます。
(2) 店舗の名称の場合
平成19年に開院した「九段下スター歯科医院」が、平成23年7月に赤坂スターゲートプラザに開院した「赤坂スターデンタルクリニック」を平成23年8月に出願し、平成24年2月に登録された商標「スターデンタル」を侵害したとして訴えた事件。
裁判の結果、東京地方裁判所は、「赤坂スターデンタルクリニック」に対し、
(1)看板、チラシ、インターネット上の広告宣伝物への標章の使用中止
(2)看板・チラシ等の広告宣伝物の破棄
(3)インターネット上の広告宣伝物からの標章の削除
を命じました(平成25年11月21日判決/判例時報2217号107頁)。
なお、この判決に対しては控訴がなされましたが、平成26年5月に控訴棄却となり、最高裁への上告受理申立ても平成27年9月に不受理決定となり、確定しました。
(3) 商品の名称の場合
老舗洋菓子メーカーのゴンチャロフ製菓株式会社が、「堂島ロール」で有名な人気洋菓子店の株式会社モンシュシュ(当時)を昭和56年8月に登録し、昭和61年1月から使用していた商標「MONCHOUCHOU/モンシュシュ」を侵害したとして訴えた事件。
株式会社モンシュシュは、平成15年11月から平成24年10月まで屋号として標章「モンシュシュ」を使用していました。
裁判の結果、大阪地方裁判所は、株式会社モンシュシュに対し、
(1)3562万2146円と5%の遅延損害金の支払
(2)看板等・広告・取引書類・HPでの標章の使用中止
(3)看板等・広告・取引書類・HPからの標章の削除
(4)標章を付した包裝・広告物・会社案内の廃棄
を命じました(平成23年6月30日判決/判例時報2139号92頁 )。
そして、控訴審である知的財産高等裁判所は、損害賠償金の額を
(1)5140万8555円と5%の遅延損害金
に増額した以外は、大阪地方裁判所の判決を維持しました(平成25年3月7日判決)。
なお、本事件では、ドメイン名への使用が商標としての使用になるかも争点とされましたが、広告的機能を発揮している上,出所識別標識としても使用されているとして,商標的使用であるとされています。
これらの裁判例の結果から明らかであるように、会社・店舗・商品のネーミングに際して他社からの権利行使を受けた場合には、看板・広告物・HP・ドメイン名の変更を余儀なくされたり、包裝資材・広告物・会社案内の廃棄を求められる上に、多額の損害賠償を支払ったり、時には謝罪広告を求められる場合もあって、その影響は大きいものがあります。 起業に際してのネーミングにおいては、そのようなことにならないように、十分注意して決定することが肝要です
3.何を調べ、誰に相談したらいいか
ネーミングについて調べるにはどのようにしたらいいのでしょうか。
特許庁に出願し、審査の結果、登録される商標権については、特許庁のデータベースが公開されていますので、まず展開しようとする指定商品分類や指定サービスの分類で同一の登録があるか否かを調べるのが第一歩です。
調査の目的は、自らが商標権を取得できるかを確かめることも必要ですが、何より他社の商標権を侵害してしまって、後でせっかくスタートした事業が台無しにならないように調べることが重要です。
具体的には、特許電子図書館の称呼検索での検索を行います。同一称呼の商標が出てきたり、似通った商標が出てきた場合には商標の調査や出願の実務を行っている弁理士に相談すべきです。同一称呼の商標が登録されていても、過去3年間にわたって不使用であれば、不使用取消審判を行って、自らの商標を登録にもっていく方法もありますし、同じ1音違いでも、登録になる場合と、拒絶される場合がありますので、微妙なケースはとにかく相談してみるのが得策です。
次に、社名や店舗名については、著名であったり、ある程度の範囲で周知であったりした場合には、不正競争となる場合があるので、インターネットで検索して確認しておくことが必要です。ドメイン名については、念のため、国内ドメインでは、日本レジストリサービスのJPRS WHOISや世界的ドメインでは、ネットワークソリューションズのWHOISで検索しておくと良いでしょう。
また、全国の会社情報については、例えば、帝国データバンクのTDB企業サーチで、同一名称を含む会社を検索できるので、念のため検索しておかれるのが得策です。設立される会社の本店所在地で、同一や近似した会社名があるか、個人の商号登記があるかどうかは、設立登記を依頼される司法書士に相談してみてください。
さらに、不正競争が問題になるようなケースでは、裁判になるかどうかの判断が必要ですので、知的財産分野の訴訟経験のある弁護士に相談するべきです。まず大丈夫だろうと自分で判断して事業を開始してしまっては、取り返しのつかないこともあります。微妙なケースの場合には、現にそのネーミングを使っている方に連絡をして、同じネーミングを使うという挨拶をしておくことが得策である場合もあります。
4.弊所における対応
起業に際して、どのようなネーミングで展開するかは、消費者に対する訴求力に影響するという意味で大事な要素となりますが、将来にわたって継続的にビジネスを拡げていくためには、法的リスクの少ないネーミングを採択することが大事です。この記事をお読みの起業者の皆様がネーミングの採択に直面された場合には、本稿で論じた失敗例を考慮して、事案にあった対応をしていただくことが必要と言えます。
弊所バリュープラスグループは、ネーミングの登録や訴訟案件に多くの経験がある弁護士・弁理士が在籍しており、起業者の皆様と一緒になって、これらの対応に必要な相談・調査や支援をすることができます。侵害警告案件にかかわる知的財産係争相談は、弊所では、1件3万円(税別)で対応しておりますし、商標出願を目的とするご相談や簡易調査は、無料で対応していますので、ネーミングの採択に直面された場合には、是非、弊所に相談されることをご検討ください。
弊所の相談等を利用される方は、お問い合わせフォームにご記入の上、ご連絡くださるようお願いします。折り返し、弊所からご指定の方法でご連絡させて頂きます。
(R7.8作成: 弁護士・弁理士 溝上 哲也)