事務所報 発行日 :令和6年8月
発行NO:No53
発行:バリュープラスグループ
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【3】キャラクターと著作物性 ~ 東京地方裁判所令和5年12月7日判決 ~

1. 事案の概要

 時代劇小説『木枯らし紋次郎』の作者故笹沢左保の妻である相続人、および当該相続人から著作権の独占的利用を許諾された管理会社[原告ら]が、食品製造販売会社[被告]を相手に、著作権侵害(複製権・翻案権・公衆送信権および譲渡権)並びに不正競争法防止法違反に基づいて、被告商品の製造販売等の差止めおよび廃棄、並びに損害賠償1億5126万1000円および遅延損害金の支払いを求めた事件である。
 本件判例[東京地方裁判所令和5年12月7日判決]のうち、キャラクターと著作物に言及した部分について、以下に紹介する。
 なお、『木枯らし紋次郎』のシリーズ作品は、テレビ(主演:中村敦夫)および映画(主演:菅原文太)で大ヒットした。特に、紋次郎の決め台詞である「あっしには関わりのないことでござんす。」は、当時の流行語となった。

2. キャラクターと著作物性 ~ ポパイ・ネクタイ事件を参考に

 著作権法上、美術の著作物(著作権法10条1項4号)として保護されるのは、美的な思想・感情の創作的表現物であって、その表現の基となった思想・感情・アイデアではないとされる。
 最高裁判例である「ポパイ・ネクタイ事件」(最高裁平成4年(オ)第1443号/判決日同9年7月17日)においても、キャラクターと著作物の関係について、以下のように述べられている。
 『著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法二条一項一号)とされており、一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載漫画においては、当該登場人物が描かれた各回の漫画それぞれが著作物に当たり、具体的な漫画を離れ、右登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできない。
 けだし、キャラクターといわれるものは、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないからである。
 したがって、一話完結形式の連載漫画においては、著作権の侵害は各完結した漫画それぞれについて成立し得るものであり、著作権の侵害があるというためには連載漫画中のどの回の漫画についていえるのかを検討しなければならない。』と述べられている。

3. 本件判例の争点

 (1) 特定の有無について

 本件判例は、上記最高裁判例である「ポパイ・ネクタイ事件」の規範を引用した上で、さらに『著作権者は、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張する場合、その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定する必要があるものと解するのが相当』とする。
 その上で、本件において、原告らの主張する著作物について、①通常より大きい三度笠を目深にかぶり、②通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、③口に長い竹の楊枝をくわえ、④長脇差を携えた渡世人という記述であると特定するにとどまり、本件渡世人を個別の写真や図柄等として特定するものではないと事実認定した。そして、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張する場合に、その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定するものではないとして、この理は小説のみならずテレビ番組・映画等でも変わりない旨も述べて、原告の請求を退けている。

 

 (2) 抽象的概念具体的表現

 仮に、原告らが、本件渡世人という記述、書籍、漫画作品、テレビ作品および映画作品の一貫した中心人物という趣旨をいうものとして特定しているとしても、中心人物は、書籍、漫画作品、テレビ作品および映画作品の表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であり、原告らが特定するものは、具体的表現そのものではなく、(中略)著作物であると認めることはできないとして、原告の請求を退けている。

 

 (3) ありふれた表現創作的表現

 さらに仮に、本件渡世人に対して、テレビ作品で加えられた表現をもって二次的著作物とする原告らの主張に立っても、「通常より大きい」三度笠で、「通常よりも長い」道中合羽で身を包んでいるという記述を加えて更に検討したとしても、これらの記述も同じく極めてありふれたものであり、本件渡世人に係る記述は、全体として、ありふれた事実をありふれた記述で江戸時代の渡世人をいうものにすぎず(注釈:いわゆるありふれた表現)、創作的表現であると認めることはできないとして、原告の請求を退けている。

4. まとめ

 地裁レベルではあるが、最高裁判例であるポパイ・ネクタイ事件を踏襲しつつも、特定論や、ありふれた表現か否かにも、丁寧に踏み込んでいる。今後もこの種のキャラクター関連の商品の判例の集積がなされ、より精緻なものになっていくと思料される。
なお、参考までに、原告らの「木枯らし紋次郎」の写真と、被告の加工食品「紋次郎いか」のパッケージの写真を添付する。

 

【原告らの「木枯らし紋次郎」】(引用元:東京地裁判例)

 

【被告の加工食品「紋次郎いか」のパッケージ(その1)】(引用元:東京地裁判例)

 

【被告の加工食品「紋次郎いか」のパッケージ(その2)】(引用元:東京地裁判例)

(令和6年7月作成: 弁護士・弁理士 古莊 宏)


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