事務所報 発行日 :令和6年1月
発行NO:No52
発行:バリュープラスグループ
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【3】パブリシティ権 ~ 芸名と芸能事務所との関係

文責:弁護士・弁理士 古莊 宏

1. 事案の概要

 芸能事務所[原告]が、専属契約を締結していた芸能人[被告]に対し、当該専属契約(本件契約書10条)に基づいて、従前使用していた芸名を芸能事務所の承諾なく芸能活動に用いる行為の差し止めを求めた事案である。
 本件事案の判例[東京地方裁判所令和4年12月8日判決:愛内里菜事件]を紹介する。
 なお、芸能人の芸名は、一般的にパブリシティ権に分類されるところ、若干の説明も加えた。

2. パブリシティ権について

 そもそもパブリシティ権とは何であろうか?

 「パブリシティ権」とは、プライバシー権から派生した米国発祥の権利概念であり、氏名・肖像等が有する顧客誘引力を排他的に利用する権利をいう。
 パブリシティ権の法的性質について、人格権(判例・通説)と財産権説(学説)が対立している。
 ピンクレディ―事件(最高裁平24年2月2日第一小法廷判決)において、「人の氏名、肖像等(以下、併せて「肖像等」という。)は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解される。(中略)そして、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客誘引力を排他的に利用する権利(以下、「パブリシティ権」という。)は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる。」と判示されている。
 本件芸能人の芸名も、パブリシティ権に分類されると考えられる。

3. 芸名と芸能事務所との関係~専属契約の有無について

 ここで、地裁レベルであるが、芸能事務所(X)と芸能人(Y1)の間で専属契約が継続していた場合の判例がある[加勢大周事件(東京地裁平4年3月30日判決)]。

 具体的には、X・Y1間の専属契約が継続していることを前提に、XのY1に対する、(Y1が他の芸能事務所(Y2)と専属契約を締結して)芸名を使用し第三者に芸能に関する出演等の役務提供することの不作為請求、およびXに芸名の使用許諾権があることの確認請求が、認容されている。

 では、芸能事務所との専属契約が終了していた場合、芸能人は芸名の使用にどこまで拘束されるのであろうか。

4. 本件事案の判例の争点①~③

 本件事案の判例[東京地方裁判所令和4年12月8日判決:愛内里菜事件]の争点①~③は、以下の通りである。

(1) 争点① ~本件芸名に係るパブリシティ権が原告・被告のいずれに帰属するか(本件契約書8条)
 ア 判旨は、「パブリシティ権が人格権に由来する権利であることを重視して、人格権の一身専属性がパブリシティ権についてもそのまま当てはまると考えれば、芸能人等の芸能活動等によって発生したパブリシティ権が(譲渡等により)その芸能人等以外の者に帰属することは認められないから、本件契約書8条のうちパブリシティ権の帰属を定める部分は当然に無効になるという結論になる。」として、パブリシティ権にも人格権の一身専属性を認めて、譲渡性を否定した上で、本件契約書8の帰属に関する部分を無効としている。
 イ さらに判旨は、「もっとも、仮に、パブリシティ権の譲渡性を否定しないとしても、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分が、①それによって原告の利益を保護する必要性の程度、②それによってもたらされる被告の不利益の程度及び③代償措置の有無といった事情を考慮して、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる場合には、上記部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になると解される。」として、利益衡量の枠組みを用い、社会的相当性を欠くものとして、本件契約書8の帰属に関する部分を公序良俗違反の無効としている。この点は、芸能事務所側の事情にも配慮した判断枠組みとなっている。

(2) 争点② ~本件専属契約が終了しているか否か
 (判旨は、本件の専属契約は終了していると事実認定している。)

(3) 争点③ ~本件契約書における芸名使用を制限する条項(本件契約書10条)の有効性判旨は、「本件芸名に係るパブリシティ権が被告に帰属し(省略)、本件契約が既に終了しているにもかかわらず(省略)、原告が本件契約書10条により、無期限に被告による本件芸名の使用の諾否の権限を持つというのは、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の効力を実質的に認めることに他ならない。」、および「本件契約書10条のうち少なくとも本件契約の終了後も無期限に原告に本件芸名の使用の諾否の権限を認めている部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして、無効であるというべきである。」として、少なくとも本件専属契約終了後の使用許諾権に係る本件契約書10条の該当部分は、(実質的にパブリシティ権の効力を実質的に認めてしまうことになってしまうとして)、公序良俗違反で無効としている。

5. まとめ

 昨今は、日本最大級の芸能事務所とそこに所属するタレントとの長年放置されてきた問題が、連日報道されている。
 今後、旧態依然とした日本の芸能界において、芸能人が、芸能事務所との間で、芸名というパブリシティ権に関わる先進的なテーマについて、争う機会も増加すると考えられる。他方で、芸能事務所の側にも、せっかく多大な経営資源を投下して芸能人を育て上げ、芸名に顧客誘引力を与えてきたという経緯がある。両者の調和のとれた判例の集積が進むことが期待される。

(令和5年12月作成: 弁護士・弁理士 古莊 宏)


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