事務所報 | 発行日 :令和5年1月 発行NO:No50 発行:バリュープラスグループ |
---|---|
→事務所報バックナンバーINDEXへ |
【3】調停事件の管轄における契約書上の注意点
文責:弁護士 古莊 宏
1. はじめに
債務者側の調停事件を受けた場合、調停の相手方が遠隔地に居住しているようなケースでは、何度も遠隔地の裁判所に通うことになり、債務者側の交通費等の費用負担が重くなる。
紛争に至ることを予測して、比較的立場の弱い債務者側にとって、近傍の裁判所で調停が進められるよう、契約書にあらかじめ合意管轄の条項を設けておくことが肝要である。
契約書上、調停事件の管轄について、気を付けるべき点を整理したので紹介する。
2. 原則的管轄
原則として、相手方の住所、居所、営業所又は事務所の所在地を管轄する簡易裁判所(民調法3①)が管轄裁判所となる。なお、訴訟事件において認められる義務履行地の管轄(民訴法5①)の定めは無い。
このように、契約書に合意管轄の条項がなければ、債務者側は、相手側の遠隔地の裁判所で調停を起こさざるを得なくなってしまう。
3. 管轄の合意
(1)当事者が、特定の簡易裁判所又は地方裁判所を管轄裁判所とすることに合意したときは、その裁判所も管轄裁判所となる(民調法3①)。
契約書に、債務者側に有利な合意管轄の条項があらかじめ記載されていれば、安心である。
(2)契約書の管轄合意に「訴訟」と記載されてしまっていた場合の問題点
当該「訴訟」文言に、調停まで含めて良いかは、両見解があり得るところであり(「注釈民事調停法(改訂)」p.112:青林書院)、ここで、「調停についてのみ合意管轄を定めることはまれであろうから、訴訟事件について合意があれば、その裁判所は調停事件についても管轄権があると解してよいであろう。」とする見解もある(「民事実務甲議案Ⅲ(五訂版)」p.182:司法協会)。
しかしながら、地裁レベルの判断であるが、民事調停法3条1項の趣旨は、主として、合意による紛争解決を目的とする調停事件について、相手方の出頭の便宜に配慮し、調停の円滑な進行に資するところにあるとして、契約書に「訴訟」のみの管轄合意がある場合、調停の管轄合意があるとはいえないとされている(平成20年9月29日決定:大阪地方裁判所第10民事部)。
したがって、契約書の管轄合意に「訴訟」と記載して限定することは、調停による紛争処理がありうることを考えれば、具合の悪い記載となってしまうことに注意する必要がある。
(3)契約書に「本件契約について紛争が生じた場合」と記載されていた場合の問題点当該「本件契約について紛争が生じた場合」とは、いかなる範囲を含むのであろうか。この点、調停事件ではなく、訴訟事件であるが、参考になると思われるので、紹介する。
東京高裁の判断として、「専属的合意管轄を定めた契約当事者の通常の意思解釈からすれば、それは、本件契約締結にいたる事情、契約成立の要件、契約の効力及びその発生要件、契約の消滅及び消滅後の清算、すなわち、契約成立の準備段階から契約消滅後の清算段階までの事柄について紛争が生じた場合をいうものと解するのが相当である。」としている(平成6年3月24日決定:東京高等裁判所第4民事部)。
このことは、調停事件についても類推されると考える。
(4)[補足]金銭消費貸借基本契約書の「債権者の本社または営業店所在地を管轄する裁判所を合意管轄裁判所とする」との条項に基づいて提起された過払金返還請求訴訟について、同条項が無効であるとして消費者金融業者がした管轄違いを理由とした管轄違いを理由とする移送申立てが棄却された事案がある(東京高裁平成21年(ラ)第2141号)。
このように債務者側と比較して、債権者側が圧倒的に有利な立場にある場合には、契約書上、合意管轄について、「債権者の本社または営業店所在地を管轄する裁判所」とする旨の記載は、信義則上無効とされるべきであり、このことは、調停事件についても類推されると考える。
4. 宅地建物調停~賃貸借契約の場合~
なお、契約書に合意管轄の条項が記載されていない場合に、例えば、賃貸借契約を例にとれば、宅地建物調停事件の管轄(民調法24条)として、退去費用清算を迫られている債務者側が借りていた賃借物件の所在地が、債務者の現在の住所地に近い物件であれば、債務者側に有利な管轄となるようにも思われるが、一点、注意が必要である。
すなわち、「その他の利用関係」(民調法24条)の文言解釈において、賃貸借契約終了後に退去費用清算が争われる事案の場合には、賃貸借契約が終了したことを理由に、「利用」文言にもはや該当しないという判断が、裁判所でなされてしまう可能性が否定できないことに注意する必要がある。
そういう意味でも、やはり契約書にあらかじめ債務者側に配慮した合意管轄条項を記載しておくことは重要であるといえる。
(令和4年12月作成: 弁護士 古莊 宏)