事務所報

発行日 :令和3年8月
発行NO:No47
発行:バリュープラスグループ

→事務所報バックナンバーINDEXへ

【1】論説:2021年特許法改正について

文責:弁護士・弁理士 溝上 哲也

1 2021年改正特許法の成立

 新型コロナウイルスの感染拡大を契機として、「非接触」の生活様式が浸透し、電子商取引の急伸に伴う模倣品の流入や情報通信分野等における特許ライセンスの大規模化及び複雑化等により、消費行動や企業活動が変化したため、これらの変化に対応して、知的財産制度を安定的に支える基盤を構築するため、令和3年3月2日に閣議決定された「特許法等の一部を改正する法律案」は、同年5月14日に可決・成立し、同月21日に法律第42号として公布されています。
 この改正法は、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、工業所有権に関する手続等の特例に関する法律、特許協力条約に基づく国際出願等に関する法律、弁理士法を改正するもので、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされており、来年(2022年)4月から施行されることが予定されています。
 その概要は、3つのポイントからなり、以下のとおりです。

2 新型コロナウイルスの感染拡大に対応したデジタル化等の手続の整備

(1)審判手続へのウェブ会議システムの導入
  特許の無効審判、商標の取消審判等の審判手続では、これまで、対面で行う口頭審理 が実施されていましたが(特許法145条3項)、今回の改正で、審判長の判断で、ウェブ会議システムを用いて実施できるようになります(改正特許法145条6、7項)。立証方法である証拠調べ・証拠保全(特許法150条)についても準用されています(改正特許法151条)。
 
(2)特許料等の支払方法の拡充
  特許料や登録料等の支払について、特許印紙による予納が廃止され、口座振込等による予納や、オンラインのみであったクレジットカード支払が特許庁の窓口でも可能となります。

(3)意匠・商標の国際出願手続のデジタル化
意匠・商標の国際出願の登録査定の通知等は、従来郵送で行われていましたが、これに代えて、国際機関を経由した電子送付を可能とするなど、手続が簡素化されます。

(4)災害等による手続期間徒過の割増料金免除
感染症拡大や災害等により特許料等の支払ができず、特許料の納付期間を経過した場合に、相応の期間内において割増特許料の納付を免除する規定が設けられます。

3 デジタル化等の進展に伴う企業行動の変化に対応した権利保護の見直し

(1)国外からの模倣品流入に対する規制強化
 日本の意匠権や商標権に抵触する模倣品について、海外事業者が直接個人に販売したり、国内業者が個人使用目的での輸入を仮装して輸入することが増えていますが、個人で使用する目的で模倣品を輸入する行為は、「業として」の要件を欠くため、日本の意匠権や商標権の侵害となりませんでした。そこで、模倣品輸入に関し、個人使用目的であっても、海外事業者が模倣品を郵送等により国内に持ち込む行為を意匠権・商標権の侵害として位置付けることとなりました。
 具体的には、意匠法・商標法の改正によって、「輸入」に「外国にある者が外国から日本国内に他人をして持ち込ませる行為」が含まれることとなり(改正意匠法2条2項1号、改正商標法2条7項)、意匠権・商標権の保護が拡充されます。

(2)特許訂正における通常実施権者の承諾撤廃
  特許権について通常実施権者が存在するとき、この特許権の設定登録後に、訂正の請求や訂正審判により明細書・クレーム・図面の訂正を行う際に、これまでは通常実施権者の承諾が必要とされていました(特許法127条、120条の5、134条の2第9項)。
 しかし、通常実施権者の承諾を得ることが、場合によっては大きな負担となっていたため、今回の改正により、通常実施権者の承諾要件は撤廃されることになりました(改正特許法127条)。この改正は、実用新案法及び意匠法に準用されています。
 なお、専用実施権者及び質権者については、従前通り、訂正等に関して承諾が必要となります。

(3)特許権等の権利回復要件の緩和
 特許権等が手続期間の徒過により消滅した場合に、現在、権利の回復は、期間内に手続できなかったことに「正当な理由」がある場合に限って認められますが、「正当な理由」の判断が実際上厳しく運用されていました。今回の改正では、期間の徒過が「故意でない」と認められる場合は、一定の期間内に所定の手数料を支払うと共に徒過した手続を行うことにより、権利の回復が認められるように緩和されます。
 この改正は、実用新案権、意匠権、商標権についても適用され、下記の手続が救済の対象となります。
  ①外国語書面出願及びPCT国際出願の翻訳文の提出
  ②特許出願の審査請求
  ③特許料・登録料の追納
  ④特許出願等及びパリ条約に基づく優先権主張
  ⑤商標権等の存続期間の更新登録申請

4 知的財産制度の基盤強化

(1)第三者意見募集制度の導入
  特許権・実用新案権・これらの専用実施権の侵害訴訟において、当事者の証拠収集手段を補完し、裁判所が幅広い意見を踏まえて判断できるようにするため、裁判所が第三者からの意見を広く募集できる制度が新設されます(改正特許法105条の2の11、改正実用新案法30条)。この意見募集は、一方の当事者から申立てがあり、裁判所が必要と認めた場合に採用されるもので、第三者から提出された意見は、どちらかの当事者が書証として裁判所に提出することになります。
 なお、この改正により裁判所が第三者から意見を募集できる事件には、審決取消訴訟や意匠権・商標権・不正競争防止法に関する訴訟は含まれていません。

(2)特許料などの料金体系見直し
 特許庁における出願等に関する収入と支出は、一般会計とは区分して管理されていますが、特許料等の減免制度等によって6年連続で赤字続きとなっており、今後の審査負担の増大や手続のデジタル化に対応して、収支のバランスを機動的に確保するため、今回の改正では、特許料等の金額が政令で定められるように改正されます。
 具体的には、特許料について、2022年度から1件あたり年間最大5500円の引き上げが予定されていると報道されています。
 
(3)弁理士業務及び法人制度の改正
 弁理士法が改正され、弁理士を名乗って行うことができる業務に農林水産関連の知的財産権(植物の新品種・地理的表示)に関する相談及び上記第三者意見募集制度における相談の業務が追加されました。
 また、弁理士業務についての法人名称が「特許業務法人」から「弁理士法人」へ変更され、これまで認められなかった一人法人制度が導入されます。

5 改正に対する今後の実務対応について

 今回の特許法等の改正は、新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、デジタル化、リモート・非接触など経済活動のあり方が大きく変化したことに対応するものであり、制度の基本的な構造が大きく変更されるものではありません。
 しかし、特許料などの料金体系見直しは、政令による改訂の実施後には、新たな料金体系にしたがって手続を行うことになりますので、実務的には、料金引き上げの施行日よりも前に手続を完了するよう対応して、余分な費用負担を回避する必要があります。
 また、国外からの模倣品流入に対する規制強化は、個人輸入という抜け道を利用した模倣品の流通被害を受けていた企業にとって、模倣品対策の手段が強化されるものとなるため、税関での輸入差止めなどにおいてこれを活かした対策を採ることが望まれます。
 特許庁の審判手続がリモートで行えることは、一般の民事訴訟において電話会議の延長として運用上ウェブ会議システムが利用されているのに対して、法律上の根拠をもって行えるようにするものであり、法曹関係者として大いに注目しています。そして、リモートの審判手続は、弊所が代理人として対応する事件にとって便宜であり、依頼者にとっても交通費の負担の軽減となるものですので、今後、積極的に活用していきたいと考えています。

 

                             (R3.08作成:弁護士 溝 上 哲 也)


TOP