事務所報 | 発行日 :令和3年1月 発行NO:No46 発行:バリュープラスグループ |
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【1】民法改正と契約書修正のポイントについて
文責:弁護士・弁理士 溝上 哲也
1 民法改正の目的と施行日
企業間の契約書の条項と最も密接に関連している民法の債権関係の規定は、明治29年に制定されて以来、約120年間、実質的な改正が行われていませんでしたが、社会・経済の変化に対応できていない部分があることから、これまでに蓄積された多数の判例法理や実務解釈を勘案し、一般の国民にも分かりやすい内容とするために、今回の改正がされるに至りました。
「民法の一部を改正する法律」(平成29年法律第44号)は、2017年6月2日に公布され、2020年4月1日から施行されています。
今回の改正では、従来の判例や一般的な解釈を明文化した条項もありますが、解釈に争いがあった内容を明確化した条項、社会・経済の変化に伴って従来の運用などを変更した条項もあります。本稿では、契約書の修正についてポイントとなるいくつかの事項を解説したいと思います。
2 遅延損害金の法定利率について
遅延損害金とは、金銭債務について債務者が履行を遅滞したときに、遅滞した期間に一定の料率を乗じて付加して支払われる金銭のことです。民法改正前は、当事者間の合意で遅延損害金の利率が定められなかった場合、一般に適用される民法では年5%、商行為で生じた債務に適用される商事法定利率は年6%と定められていましたが、改正民法では、極めて低金利の状態が長く続いている現状を勘案して、法定利率が年5%から年3%に引き下げられると共に、商事法定利率が廃止されました。また、将来的に法定利率が市中の金利動向と大きく離れたものになることを避けるため、3年ごとに日銀が公表する短期貸付金利の過去5年間の平均が1%以上変動すれば、1%刻みで変動する変動制となりました(民法404条)。
これまでは、契約書で遅延損害金の利率を定める規定がなかったとしても、年5%ないし年6%の法定利率を付加して請求することができましたが、今後は、契約書で定めておかなければ、年3%しか請求することができなくなります。遅延損害金を請求することになるのは、売買契約・金銭消費貸借契約・賃貸借契約など金銭の支払いが発生する一般の取引において、その支払いが遅れたときですが、債務者の資金繰りが悪くなった場合に遅滞が発生することが通常ですので、他の債権より低い利率が適用されると、優先的に弁済されない(後回しになる)リスクがあります。例えば、契約先が倒産した場合、契約書で利率を約定している他の債権者は法定利率より高い利率を基準として配当を受けるのに、そのような合意がない場合は、引き下げられた法定利率を基準として、配当を受けるしかありません。このような事態を避けるためにも、今後の契約書については、遅延損害金を約定する条項を入れておくことが望ましいです。
それでは、今後の契約書においては、具体的にどのような利率としておくべきなのでしょうか。例えば、債権者の立場からは、改正前の商行為に生じた債務に適用されていた年6%、計算上の便宜から年10%と定めておくことが考えられますし、国税通則法に定められた国税の延滞料率に準じて年14.6%(日歩4銭)とすることも参考になります。金融機関との取引約定書においては、一般に14.5%とすることが多いようです。いずれにしても、契約の相手方や取引の性質に応じて具体的な遅延損害金の約定をしておくべきです。
なお、遅延損害金の最高利率は、消費者契約法では14.6%、利息制限法では26.28%と規定されており、契約の性質に応じて、その制限を越えないようにする必要があります。
3 保証人の責任制限について
改正民法では、保証契約に関するルールについて、個人が保証人になる場合の保証人の保護などを図るため、主な改正として、①個人根保証契約の制限、②事業用融資に対する公証人意思確認手続の新設、③保証人に対する情報提供義務の新設、④連帯保証人への請求の効力の制限がなされました。
①個人根保証契約の制限
一定の範囲に属する不特定の債務を保証する契約を「根保証契約」と言いますが、個人が根保証契約を締結する場合には、保証人が支払の責任を負う金額の上限となる「極度額」を定めなければ,契約が無効となり、成立した根保証契約も一定の事由がある場合には、打ち切りとなりました。ここで、一定の事由とは、
a 保証人の財産について強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき
b 保証人が破産手続開始の決定を受けたとき
c 主たる債務者又は保証人が死亡したとき
と規定されており(民法465条の4第1項)、「打ち切り」と言うのは、一定の事由が生じた時点までの債務の元本が確定し、保証人は、その確定した元本を保証すればよく、それ以降の債務については保証する責任を負わないことになります。
取引基本契約には、親族や会社役員の個人保証を付ける場合がありますので、これまでの書式のままで締結すると、連帯保証人のない契約となってしまったり、契約書に約定されていない事由により保証責任が制限されてしまったりするリスクがありますので、今後、個人根保証契約を締結する場合には注意が必要です。
②事業用融資に対する公証人意思確認手続の新設
事業者向けの融資においては、信用の補完や経営責任の明確化の観点から個人の保証人を付することが必要ですが、これまで、個人的なお付き合いから法的責任を十分に意識せず保証人になった個人が予想外の債務負担をすることになる弊害がありましたので、保証人にリスクを認識してもらった上で保証契約を締結するか否かを検討できるよう、公正証書の作成が求められるようになりました。
改正民法では、保証人が個人である場合、事業性のある金銭の貸渡しや手形の割引等によって負担する債務を保証するときは、契約締結日前の1か月以内に公正証書を作成しなければならず、この公正証書により保証債務を履行する意思を表示しなければ、保証契約は無効とされています(民法465条の6)。他方で、次のような者が保証をするときは、公正証書を作成する必要はありません(民法465条の9)。
a 主債務者が法人である場合の理事、取締役、執行役等
b 主債務者が法人である場合の総株主の議決権の過半数を有する者等
c 主債務者が個人である場合の共同事業者又は事業に現に従事している配偶者
したがって、事業性のある金銭の貸渡しや手形の割引等によって負担する債務を保証する条項を含む契約を締結する場合は、単に契約書を締結しただけでは足りず、公証役場に出向いて公正証書を作成しなければならないので、注意が必要です。
③保証人に対する情報提供義務の新設
改正民法は、保証人が主債務者の財産状況を十分に把握したうえで、保証人となるかどうかを慎重に判断することができるようにし、保証契約を締結した後も状況提供を受けて不測の損害を蒙ることがないように、保証人に対する様々な情報提供義務を新設しました。
まず、主債務者は、個人に保証人となってもらう場合、主債務者の財産状況,すなわち、a財産及び収支の状況、b主債務以外の債務の有無、その債務の額、その債務の履行状況 c担保として提供するものがあればその内容について情報を提供しなければなりません(民法465条の10)。そして、保証人は、債務者が情報提供を怠ったために保証契約が締結され、かつ情報提供がされなかったことを債権者が知り、または知ることができたときには、保証契約を取り消すことができます(民法465条の10第2項)。
次に、債権者は、主債務者が期限の利益を喪失したときは、個人である保証人に対しその喪失を知った時から2か月以内にその旨を通知しなければならず、通知をしなかったときは、債権者は、期限の利益が喪失された時からその後に通知をするまでに生じた遅延損害金を保証人に請求することはできないとされています(民法458条の3)。また、債権者は、保証人から請求があったときは、主債務の元本、利息及び違約金等に関して、a不履行の有無、b残額、c残額のうち支払期限が到来しているものはあるか、あればその金額について、情報を提供しなければなりません(民法458の2)。
このようなルール変更を前提とすれば、債権者としては、主債務者の情報提供が不十分であったり、不正確であったりして、保証契約が取り消されないようにするため、「主債務者は、本契約に先立ち、連帯保証人に対し、(1)財産及び収支の詳細、(2)主債務以外に負担している債務の有無並びにその返済状況、(3)主債務について別紙に記載する以外の担保を提供していない事実について情報の提供を行い、連帯保証人は、当該情報の提供を受けたことを確認する。」といった条項を保証契約で約定しておくことになります。
④連帯保証人への請求の効力の制限
これまでは、債権者が連帯保証人に対して履行の請求をすれば、主債務者にその効力が生じて時効の完成を阻止することができましたが、改正民法では、連帯保証人への請求が相対的効力事由になったので(民法458条、441条)、連帯保証人に請求をしても、主債務の時効の完成を阻止することができなくなりました。
このような変更は、債権者にとっては不利であり、主債務者、特に連絡先を知らせずに放置している主債務者にとって有利なものです。しかし、改正民法においても、民法441条は、「ただし、債権者及び他の連帯債務者の一人が別段の意思を表示したときは、当該他の連帯債務者に対する効力は、その意思に従う。」と定めて、別段の意思表示をすることで、原則として相対効しかない事由についても絶対効を生じさせることができる旨の但書を新設しているので、債権者としては、契約の締結に際して、「連帯保証人に対する履行の請求は、主債務者に対しても、その効力を生じる。」との条項を追加しておくべきです。
4 売主・請負人の責任について
これまでは、請負人が仕事の完成に対して負う担保責任について、「瑕疵担保責任」との用語で、請負契約独自の規定が定められていましたが、改正民法は、このような請負契約独自の規定を廃止し、売買契約の売主の担保責任のルールが準用されることになりました(民法559条)。これにより、請負人は、仕事の目的物が「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない」場合に担保責任を負うことになり、「契約不適合責任」という用語が使用されることになりました。また、注文者の権利が追加され、履行の追完請求・代金の減額請求・損害賠償請求・解除が認められ、注文者の権利行使期間が契約不適合を知ってから1年以内に延長されています。
今後、売買契約や請負契約を締結する場合は、これら用語及び内容の変更に沿った条項としていくことが必要となります。
5 結 語
今回の民法改正は、上記にとどまらず、多岐にわたるものですが、今後、事業経営に際して契約書を締結される際には、これらの改正を踏まえた最新の内容の契約により行う必要があります。
弊所においても、本稿で述べた内容にとどまらず、より良い契約書の作成及び検討のサービスを提供して行く所存です。
(令和3年1月1日)